その四〇四

 

 






 







 












































 

霧のむこう 祭り囃子が とりとめもなく

 喉元あたりがもやもやする。
いいたいことがうまくいえないときや、書きたいことがつかめそうでつかまりそうにないとき。
 そんな身体の感覚におそわれる。

 土曜日。時間がぽっかりと2時間程空いてしまったので本屋さんへと足を運ぼうと思って、歩いていたらどこからか祭り囃子が聞こえる。

 この日は夜から江ノ島で花火があるらしく、人通りがいつにもまして多い。
 知らない人達と、エレベーターで最上階まで運ばれてゆく。
 シースルーになっているので、人々があちこちに向かって歩いたり、子供の手をつないで小走りになったり。

 ひさしぶりに、最近訪れていなかった本屋さんへと足を運ぶ。
 雑誌をみたり、絵本をのぞいたり、短いことばの作品のページをめくったりしながら、なんとなく文庫本のコーナーで、足がとまる。

 さいごよりも一行目がとても気になるから、手に取った
作品のいちばんさいしょのことばばかりを拾ってゆく。
 気に入ると、作品名だけを憶えておいて、記憶の片隅に
しまっておく。
 あぁ、そうかとがつんと惹かれるものはいつもその物語のゆくえが見えなくて、その見えなさに憧れてしまう


 一冊の文庫本とふたたび出会う。ずいぶん昔に捨ててしまった同じタイトルの本が、本屋さんで装いも新たに新刊として並んでいる。
 主人公に起こることすでにも知っているはずなのに、その出来事の始まりを予感させる、くすぶりと鼻を突く匂いが甦って来て、妙な気分になる。

 たぶんフロアにいることも忘れそうになりながら、漂うような記憶が、あたりを支配している気がする。
 そしてその世界にふたたび引きずり込まれてゆく。

 いちど捨ててしまった本が、じぶんの持っていたものではないけれど、そこにあることを目の当たりにして、こことどこかとじぶんの部屋の本棚がつながっているような錯覚に陥りながら。
 さいごまで読まずにページを閉じた。

 書店をあとにするとき、なんとなくふりかえりながらここに存在する膨大な物語の渦を思う。
 そんな渦からそっと離れて、巻き込まれないようにしないといけないなと思いつつ、それでも忘れられない主人公の生きた証のようなものが、からだのどこかに刻印されているようで、おちつかない気分になっていた。

 やっぱり、喉元あたりがうずうずする。
さっき、出会い頭のように再会した作品のせいだなって思う。
 ことばが、ひとをはこんでゆく。
 ふれたらきずつくような作品がこの世にはあって、もうかさぶたになっているとおもっていたはずなのにその傷は今もけっこうなまなましかったのだと気づく。

 ふたたびシースルーエレベーターに乗る。
さっきみたときよりもたくさんのひとが、あちらこちらへと向かっている。

 暮れてゆく街。
 祭り囃子の音。
 そんなひとびとたちの足下にちいさな灯りがともっていたとしたなら、どんなひかりの軌道を描くのかなって思いながら、下降してゆくゆるやかな速度の中に身をまかせていた。

       
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