その四七二

 

 






 







 

































































 

ひらいては とじてはひらく まぼろしのはね

 たたみかけるようにやってくる台風の後も空模様は、 あやしくて。水かさが少し増したような相模湾を車窓 にみながら。 そんな土曜日、雨の小田原に映画を観にいった。
広島県の福山市にあった122年続いた日本最古級 の映画館「シネフク大黒座」を舞台にした『シネマの 天使』(時川英之監督)。

 映画館が主人公になっているその映画は、観客席に いるその座席ごと、スクリーンの中の映画館にいるよ うなふしぎな気持ちになってゆく。
 やがて取り壊されてしまう運命をしっているその映 画館をとりまく人間模様が、ゆめのように渦巻いてゆく。
観ていて思ったのは、圧倒的な記憶を持っている人は、 たとえそれが失われることがあったとしても、断然つよ いのだということ。
その映画館に通う常連客だった、初老の<中沢さん> という登場人物に出会ったときに、じわじわとそんな ことを想っていた。

 亡くなられた奥さんとの歴史がその映画館に包み込 まれていて、今もその記憶を掌の中で育むように映画 館に通っている。大切な場所がなくなってしまうこと を知っていても、さいごのさいごの日までは、中沢さ んは奥さんとの記憶を辿るように映画館に通う。
 かけがえのないものがなくなってしまうこととは。
映画館という建物じしんについて、まるで擬人化され ているように描かれていて。なくなったら、途方に暮 れてしまうほどの、場所への記憶を持ち続ける彼らが ほんとうに、うらやましくもあった。

 そこには大好きだった役者さんが、映写技師として出 演されていて。それがスクリーンで出会えるさいごの姿。
 映写機がみせてくれる夢と幻のように、いまここに存在
しているそのぜんぶを、焼き付けるように観客席にいるわ
たしは確かめる。

閉館するその日、おおきなからだから、言葉にできない 想いを声のない哀しみで彼は表現する。それはまるで映画 館と映画へのオマージュのようで。観客席のわたしは、あ らためて「大黒座」と彼を失ったことの意味に気づく。
たぶんこれからも、わたしは記憶の中で生きている彼とこ
れからも生きていく気がして。

       
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