その六八三

 

 







 






 





 

もうひとつ もうひとつだけ 時間を育んで

たったひとつの風景を思い出す時、
そこに流れているのは、
ゆるぎない風景への信頼だと思う。

風景と共になつかしい人がたち
現われる時も思い出している
その最中は、絶対的にそのひとが
いまも自分の中でいきいきと生
きているという
確信のもとに、かけがえのない
瞬間を思い出している。

写真家の星野道夫さんのエッセイ
『旅をする木』のページを
めくるたびにそんな思いに駆られた。

1978年にアラスカに暮らし始めた
頃のご自分の日記を紐解きなが
らつづられている。
その文章はわたしたち読者を
圧倒的な自然を取り巻く世界に
誘ってくれる。

「アラスカという白地図の上に、自分自身の地図を描いて
いかなければならなかった」

そんな星野青年の旅が始まる。

これは読者にとっても、
旅の同伴者のような贅沢な
瞬間でもあった。

カヤックで未踏の谷や山を
かき分け、先住民族の方達と
旅を共にしながら、セミクジラを
追い、カリブーの季節移動に
惹かれ壮大な営みを目撃する。

誰もができないそんな旅を
続けることで、彼の白い地
図が写真と共に彩られて
ゆく日々。

「ぼくが、東京で暮らしている同じ瞬間に、同じ日本で
ヒグマが日々を生き、呼吸している」。

これははじめて
「すべてのものに平等に流れている
時間の不思議」に気づいた
瞬間だったと。

この一冊のページを読み進め
ながらそこには、あらゆる
「時間」への手紙が綴られて
いるのだと感じた。

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