その六七四

 

 





 





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動いてる 雲のまにまに 心が動く

生まれてはじめて、著者の方に読書感想文を
依頼して頂くというしあわせな機会に
恵まれた。

以前ダ・ヴィンチ誌で書いていた時は、公募から
はじまった仕事だった。

本を一冊選んでそれにまつわるエッセイを書いて
いた。

その時はどなたからご指名がかかることは、
もちろんなかった。

思いがけなく著者の方からお声かけて頂いて、感想文を
依頼されたのは10月のはじめ。緊張しながら先ほど入稿した。
二重作先生にかけて頂いた嬉しい言葉がわたしのこれからの
書いていく「希望」になりました。身体と心に響いて鳴り続けて
いるそんな一冊でした。

細々とでも書いていたらこういう幸せなことってあるんだなって
いうぐらいに、嬉しかった。

著者の二重作拓也先生とは、TwitterXで出会った。
かつてお世話になったこともある
「ほぼ日」でほぼ日の學校の先生でいらっしゃることは、
存じ上げていた。

「格闘技医学」を提唱されている二重作先生のポスト
される言葉に惹かれて、そしてそれはいつも心に直に
届いていた。

その思いを拙くとも伝えていくうちにみじかな往復書簡の
ようなやりとりが、わたしの日々のなかに息づいていた。

言葉はふしぎなもので、ミラーニューロンのように、
じぶんのなかに取り込まれる。

乱暴な言葉でしか感情を処理できないひとたちと
つき合っている時は、感化されやすいわたしは
おなじくむきだしの感情と生きていた。

ささくれだった気持ちしかなかった時に
二重作先生の言葉に出会ってわたしはすこしずつ、
心の平穏をSNSの中でも取り戻していったような気が
する。

『可能性にアクセスするパフォーマンス医学』(星海社刊)
には、
「記憶が変われば、想像が変わる。想像が変われば、運動イメージが
変わる。運動が変われば、パフォーマンスが変わる。パフォーマンスが
変われば見える景色が変わり、感じられる感覚が変わり、身体が変わる」

ことが、説かれている。
先生が実践的に学び続けた医学的背景をもとにパフォーマンスとは
「生きる」ための「運動」であるとひも解いてくれている。

それは正解だけじゃなくそのプロセスであるうまくいかなかった
ことをもつまびらかにしながら。
本書を開いている時は、ふしぎとふあんから逃れられた。

「読む」という「運動」を経て。
読み終えた時、じぶんはひとりではできていないとふと
思った。かけがえのない思いがけない誰かと出会って来た、その
証がじぶんという人間なのかもしれないとも思い至っていた。

わたしのなかにも、あの人やあの人がいるんだと
そんなふうな読後感に満ちていた。

本を読むとはこんなにも心の中に灯りが点る
ことなんだなと思っていた。

それは、読むという「運動」がわたしのリアルに
アクセスしてくれたからなのだと思う。

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